証言し得ないもののための会議

参議院選挙によって破壊されているのは、社会ではなく「公」である。むしろ我々は、政治的活動を通じて隅々まで社会的な存在(=代表され、表象されることしかできない存在)として強固に再組織化されている。

 


つまり、我々は現前しない。どの党の支持者も「その党の支持者」として表象されることしかできず、ひとりの人間として現前することができない。分断を、社会的な分断を背景として、私は「私である」ということを隠して、黙って生きていかなければならない。ポピュリズムはそこにつけ込んで、「これが本当のあなたですよ‼︎」と断言する。それが社会的に再組織化されるということである。代表されることで、「私」という存在が書き替わる。社会的な存在として新たに書き替えられる。

 


社会とは、そのような形であらゆる人間を締め出した場である。あらゆる人間をその場から締め出し、締め出す代わりに代表させ、そのことによって人間の存在を書き替える。逆に公的空間、公とは、人々が書き替えられることなく現前する空間である。

 


「人々が書き替えられることなく現前する」。そんなことができるのか。我々にはできない。言葉を操る動物である限り、私は私を代表し、表象することしかできない。では誰が、そこに現前し得るのか。それができるのは、我々が公的空間から締め出されるもっと前、原始的にも原理的にもそこから排除されていた者たち、つまり「言葉を持たない者たち」である。「言葉を持たない」「自らについて証言できない」ということのみが、そこに現前する条件である。

 


同時に、私達が証言し得るのも、証言し得ない者についてのみである。私は「私の話」をする限りでは、私を代表することしかできないが、証言し得ない者について話す場合は、私は彼の身に起きたことに「立ち会った者」として話す動物になる。誰を代表するでもなく、そこに立ち会った証人としての話法を発明する。

 


「証人としての話法」の最大の特徴は、証言の不可能性を引き受けることができる点にある。証人には、証言し得ないことがある。見たものは見たと言い、見ていないものは見ていないと言うことができる。「私」についての話法、代表する者としての話法では、「私はこうである/でない」「これができる/できない」という言葉はどれも「私」という存在を隈なく説明する行為にしかならないが、出来事について証言する場合、「見ていない」は証言の不可能性を示すことができる。私の知り得たことの中に、空白地帯を示すことができる。その空白地帯は、空白である故に誰にも代表されることのない空白である。つまり、証人として証言の不可能性を引き受けることは、「代表されること」による組織化を免れる条件になり得るのだ。

 


私はここに、「証言し得ないもののための会議」の設立を提案したい。

 


そこでは、あなたが何者かということは問われない。証言し得ない者のために証言する証人であることだけが求められる。

 


動物、赤子、障がい者、死者、霊魂。

それは、証言し得ない者たちが現前し、証言し得ない者のために証言する会議である。

我々はそこで、「立会人」としての新たな政治的自我を獲得するだろう。

 


証言し得ない者のために人は証言する。非人間的な者のために人は人間的である。

一票を持たない者のために人は政治的である。代表されることのない者のために人は現前する。

 


フルビネクのために証言する。

善きものの、非凡なまでの凡庸さ

悪は凡庸か

 この世に蔓延している俗語の中で最も悪しきものの一つに、「悪の凡庸さ」という概念がある。『イェルサレムのアイヒマン』の中で、アーレントが用いた「悪の凡庸さ」というフレーズがその由来である。ナチスの高官としてユダヤ人大量虐殺を画策し、指揮にあたったアイヒマンだが、彼を「職務を忠実に遂行しようとしただけの典型的な役人」「主体的な意志を持たず、組織の歯車として上からの命令を忠実に伝達しただけの人物」と解釈する意味に誤用されて人口に膾炙している。

 この誤用された「悪の凡庸さ」概念については、先行の研究によって、以下の二点の事柄がすでに主張されている。一つは、歴史的事実として、アイヒマンは一般に誤解されているような「従順なサラリーマン的人物」ではなかったということ。もう一つは、そもそもアーレントは「悪の凡庸さ」という言葉を、「アイヒマンの虐殺の所業が一般市民と共通する勤勉な労務者的な性格を介して行われたこと」を示す意図では使っていないということである。いずれも、田野大輔・小野寺拓也編 『<悪の凡庸さ>を問いなおす』において詳しく論証がなされている。(前者に関しては特にベッティーナ・シュタングネトの『エルサレム<以前>のアイヒマン』に詳しい記述がある)

 とにかく、ここで私がはっきりさせておきたいのは、「一般市民が普通に持ち合わせているような凡庸な感性の先に、大量虐殺が起こった、あるいは起こり得る」という見方は歴史認識として誤りであるというだけでなく、現に起こっている国家による虐殺行為を直視し、それに対抗していく上でも何の役にも立たないということである。何故ならば、実際の虐殺行為はこの上なく主体的な意志と熱狂的な執着によって引き起こされているからだ。虐殺に使われると分かっている何十万トンもの爆薬をイスラエルへと運び込み、不都合な情報がインターネット上に流通することを徹底的に規制し、抗議する大学に州兵を送り込み、路上に立つ市民を逮捕・拘禁する。ジェノサイドを実行するために、莫大な資源が費やされ、無数の人員が動員され、ありとあらゆる情報操作や政治的手続きがクリアされていく。その様を、我々はいま目の当たりにしている。事実として、地球上のあらゆるプロテストを跳ね返し、徹底的な執着と積極的な行動によって遂行されているのがジェノサイドである。これは我々すべてが証言しうる事実だ。

 誰もが怪物だと思っていた悪が、実は我々と大差ない平凡な男でしたという物語は、とんちが解けたような陳腐な快楽の他には何ももたらさない。ましてや現実の悪を止めるための歯止めとして、言論を導く旗になるはずもない。

 

非凡なものを批判する

 俗説化した「悪の凡庸さ」概念が世に蔓延る一方で、我々が善なるものと信じて疑わない日常の生活において「非凡なもの」はあまりにも無批判に受け入れられている。

 現代では、消費生活のあらゆる局面で非凡なものの非凡さばかりが売り出され、神聖視されている。音楽や映画など創作物の受容のされ方を例にとってみよう。SNSで新作映画や新しくリリースされたアルバムのレビューがサジェストされることはよくあるが、作品を不自然なまでに「絶賛」する投稿の何と多いことか。その作品が如何に過剰で、抜きん出ているか。その作家が如何に過激で、危険であるか。「大傑作」「天才」「鬼才」といった言葉があらゆる批評に貼り付けられている。それと同時に見られるのが、彼らは創作物を語る言葉を十も持っていないのではないかと思えるほどの語彙の貧困である。

 作品の非凡さを褒め称えながら、その非凡さの中身を語る言葉をほとんど持っていない。 ここでは「非凡なものが最も陳腐になる」という皮肉な逆説が起こっている。しかし考えてみれば、それは当然の帰結である。非凡さを競う市場原理は「差異のゲーム」と言い換えることができる。周りと違う変なもの、今までになかった新しいものを、より高い頻度で、より多く作ったものが勝ちという単純極まりないゲームだ。だがこのゲームは設計の時点でクソゲーが確定している。何故ならば、人や物の個別的な「差異」というのは、それが置かれた歴史との「対照関係」の中で規定されるからだ。何重にも塗り重ねられた黒があってはじめて、一点の白が非凡なまでに輝くのである。

 ここで確かめるべきことは、世に「非凡さ」こそあれど「非凡な色」というものは存在しないということだ。周りの平凡な色とのコントラストの中で、その色に「非凡さ」という性格が付与されたり剥離したりする。非凡さの前提となるべき「凡庸さ」を塗り重ねることを軽視し、「非凡な色」だけを捕まえようとすれば、言葉が貧しくなるのは当然である。「非凡なものが最も陳腐になる」という逆説は、この「凡庸なるものの欠如」に由来する。


 こうまで非凡さを批判すれば、逆に「凡庸な作品にいったい何の価値があるのか」という不満げな問いが飛んできそうである。「芸術とは何か」という問いに対して「人と違うことをやることです」という答えが当然のように返ってくる世相では、「凡庸=つまらない」というテーゼがまるで自明のように扱われている。しかし彼等の意とは裏腹に、本当の傑作はいつも凡庸なのだ。

 

善きものの非凡なまでの凡庸さ

 高田渡という不世出のフォーク歌手を知っているだろうか。高田渡は、自作の楽曲をほとんど持たない。というのも、彼はアメリカのカントリーブルースの曲に、古い日本の詩をのせて歌うというスタイルで活動をしたフォーク歌手なのである。曲も詩も、他人の借り物。彼の音楽の中で唯一「オリジナル」のものがあるとすればそれは声のみである。ところが、その声を聴いてみてほしい。高田渡のその声こそ、同時代のどのフォーク歌手よりも凡庸な声なのだ。それどころか、彼の声は他のどんな人間よりも凡庸な色をしている。それこそが、彼が不世出の歌手である最大の理由だ。彼の声はどこにでもある。小さな飲み屋や、民家の軒下、静かな昼の釣り堀。誰もがどこかしらで毎日耳にしているような平凡な人間の声なのだ。歌っているのか、喋っているのか、その境目もないくらい凪いだ歌。その平坦さゆえに、彼の酔いがもたらした偶然なる指先の綻びや、歌のもつれ、息継ぎの合間に起こるほんの微々たる抑揚が、無限の豊かさを帯びて我々の胸に迫ってくる。

 そんな風に歌えるものが、この世にどれ程いるだろうか。どんな人間も歌えば個性が出る。その人の自負心や気恥ずかしさが癖となり、自ずと声の中に表出してしまう。とすれば、高田渡の凡庸さは他の誰も持ち得ない、「非凡なまでの凡庸さ」だったということになる。ここでもまた奇妙な逆説が成立している。「凡庸なものが何よりも非凡である」という逆説だ。


凡庸なものの在処

 私は先ほど、「非凡なもの」というのは存在せず、「非凡さ」という性質だけがあるということを述べた。それに対して、「凡庸なもの」は明らかに存在している。というよりも、「凡庸なものは」は「非凡なもの」に比べてよりはっきりとした存在の根拠を持っている。

 「非凡なもの」が存在しない根拠として、「非凡さ」が凡庸なものとの間の「差異」によって規定されていることを私は示した。これは、「非凡さ」が生まれるのは「言語の次元」であるということでもある。そのモノが帯びる意味を、他のものとの差異において操作するというのは、極めて言語的な営みだ。人間の営みの中で、他との差異によって意味が生み出されるという性質を持つものは言語の他にない。特に「非凡さ」においては、その根拠自体が時々の状況によって揺り動かされるという意味で、より共時的な次元でこの意味が展開される。

 「非凡さ」がこのように極めて不安定な根拠の上に置かれているのに対して、「凡庸さ」の方はある意味で「非凡さ」とは全く違った次元に根を張っている。なぜならば、「凡庸さ」は「非凡さ」のように、言語の次元で展開される意味ではないからだ。「凡庸さ」は「凡庸でないもの」との差異によって規定されたり、時々の状況によってその内容を大きく揺さぶられたりはしない。「凡庸なもの」は、非凡さがプリズムの中で乱反射するのとはまったく無関係に存在する。人々が非凡なものを捕まえるのに躍起になるよりもずっと以前から、「凡庸なもの」はそこにあった。その意味で、「凡庸さ」とは歴史的次元に根を張って息づいている意味である。「凡庸さ」とは、病める時も辛苦なる時もあなたがずっとそこにいたという歴史のことなのだ。

 

平凡なものの複雑性 

 ここまで読んでいただいた以上誤解されることはないとは思うが、私がここまで取り上げてきた「凡庸さ」は、単に最も数が多い個体が共通してもつ特徴のことでもなければ、個体ごとの偏差を徹底的に削ぎ落としたポストモダニズム的な抽象のことでもない。一般的な誤解とは裏腹に、凡庸なものは豊かな複雑性を持っている。

 逆に、「クィア」という言葉が元来蔑称として使われていたことからも明らかなように、マジョリティが他者に向けてその形容を用いる場合は「非凡さ」の方がかえって物事を単純化し、陳腐にする作用を持つ。

 そこでは「非凡さ」が歴史的な意味を覆すための言語学的な装置として悪用されている。マジョリティの側からすると、その他者が如何に非凡で、如何に珍奇かを物語ることはその他者の存在を周縁化する力として働く。共時的な次元で「非凡さ」を偏重する行為は、歴史的次元に根を張る「凡庸さ」を否認することであり、その視点に立ってはじめて、この社会の中でマイノリティがネガティブな意味での「非凡さ」を押し付けられ、マジョリティがポジティブな意味での「非凡さ」を追い求めていることの構造的な意味が浮き彫りになる。マイノリティは「非凡なるもの」の烙印を押しつけられることによって、その歴史的存在としての意味を抑圧され、マジョリティは「非凡さ」を免罪符のように纏うことによって、彼らが持つ歴史的加害性を不可視の領域に隠匿する。ここでは、「非凡さの濫用」とでも言うべき現象が発生している。本来であれば、「凡庸なもの」はその根拠である歴史が複雑なものであるのと同様に、豊かな複雑性をもって存在しているはずなのである、

 

平凡であることの難しさ

 非凡であることを四六時中強要する社会。常に他者との差異を図り、非凡さの種類ばかりが細分化され名付けられていく一方で、平凡さには名前がない。非凡さほど陳腐なものはなく、凡庸さほど希少なものはない。それほどに凡庸であることは難しい。我々にとって、凡庸であることは技術がいることになってしまっている。技術というのは身体的な技術のことである。身体的な技術がなければ、人は凡庸ではいられない。何故ならば、非凡さへの要求は、我々が言語的な次元でその性格を発揮することを常に強いてるからだ。凡庸なものには名前がない。かつての平安貴族がそうであったように(女性には公的な名前がなく、氏は天皇から与えられるものだった)凡庸さはいつも名前という特権からも、言葉による差異のコードからも漏れている。言葉のない場所に生き、住み着くためには、身体的な技術が不可欠なのだ。それは我々が平凡であるための踊り方、凡庸であるための歌い方である。

汎権力と汎人民 ―別れのポリティクス―

おぞましいものたちの瀰漫

 

 警察、広告、おぞましい者たち。これらの勢力の持つおぞましさは、これらが「どこにでもある」ということに由来する。警察権力は音もなく現れる。職務質問のため、無灯火を取り締まるため、通報に対処するため、その都度の目的は何であれ、警察はいつも暗がりや、往来の中から音もなく現れ出る。

 

  しかし、警察が「実際に」遍く存在しているかといえば、当然そうではない。日本全国「どこにでも」警察がいるという言い方は表現のひとつであって、あらゆる辻、あらゆる戸、あらゆる闇の中に、実際に警察官が潜んでいるという意味ではない。国土を埋め尽くさんばかりの警察官が存在しているというのは事実ではない。しかしそれが事実ではなくとも、「警察がどこにでもいる」というのは「真実」である。警察を遍在させているのが量的な力ではないならば、何によってそんなことが可能なのか。

 「権力の遍在」に対してコインの裏表のように対置させられるものが、「人民の不在」である。権力は、その場から権力以外のもの(人民)を締め出すことによって、公空間を占有する。アガンベンは、『スタシス ―政治的パラダイムとしての内戦』において、ホッブスの『リヴァイアサン』に登場する以下の挿絵を用いて、その構造を示した。

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 この絵において、都市の上空に君臨する主権者(=リヴァイアサン)は、人民の不在(アデミア)を条件に生きている。注目すべきは、リヴァイアサンの統治する都市が、防疫服を着たペスト医師と武装した衛兵以外には誰もいない、「無人」の都市であるということである。アガンベンは、内戦状態の混乱の中からいかにして主権者が登場するかという文脈においてこの図を示した。不安に耐えきれない群衆は、自らの持っている権利を捨てて公の空間から姿を消し、家(オイコス ここでは非政治化された空間の意)の中に閉じこもる(「STAY HOME」!)。リヴァイアサンは、都市から消え、非政治化された人々(=人民)の群がりにおいて形を為すものとして描かれている。主権者としてのリヴァイアサンの姿は、よく見れば明確な実体を持っていない。無数の人民の集合が浮かび上がらせる影によって、かろうじて輪郭を揺らめかしている存在が主権者なのだ。

 アガンベンの論において、「人民」は表象され、代表することしかできないもの、つまり現前することのない存在だ。これによって示唆されるのは、「人民」と「主権者」は対義語のように見えて、実際は同一の影を指し示しているということだ。人民は、公の空間から消えることによって主権者を形づくり、また当のそのことによってしか表象され得ないという意味で、人民の像は主権者に重なるのである。その逆もまた同様である。主権者は人民の不在によって、はじめて主権者として成立し得るが、それは消えた当の人民が、主権者を構成しているということでもある。

 まるでメビウスの輪のような逆説だが、我々は既にそのことを実体験において経験しているはずだ。コロナ禍において、人民はSTAY HOMEを強制され(、それを好意的に受け入れる歌まで歌い)、家(オイコス)の中に閉じこもった。それによって都市に出現したものは何か。「自粛警察」である。権力側から押し付けられた規範(法)を、押し付けられた側の内部で自主的に運用し、法権力を現勢力へと移行させる人々が「警察」の名を冠して呼ばれたのは、単なる皮肉ではない。「人民の不在」を条件に出現したこのリヴァイアサンの正体は人民とは別の何かではなく、消えた人民そのものだったはずだ。この経験からも、「人民の不在」こそが「権力の遍在」を現実の現勢力として可能にしている事由だと言えるだろう。

 このような視点を踏まえると、現代の都市空間が「人民の不在(アデミア)」状態を作り出すための、巧妙な構造を備えていることに気付く。静まり返った真夜中の住宅街は、それだけでアデミアを想起させる。それは、夜でない時から潜勢力として準備されたものだ。資本主義社会においては、所有権の概念により、土地に関する権利は個々の主権者に割り当てられ、誰のものでもない公的空間は国土から駆逐されていく。所有されることによって個々の主権の内に囲い込まれた土地は、オイコスの領域となり、その中で生活する人々を非政治化し、実質的な無人状態を作り出す。

 人口の溢れ返る繁華な都心部においても、アデミアは作り出される。ベンチが撤去され、公園が有料化された都市では、人は通り過ぎることしか許されていない。立ち止まり、腰掛け、あるいは寝そべることを通じて、人々がそこに「現前」することを、都市は未然に防ごうとしている。都市は、私有地または貸借地、つまり所有権が一個の主権者に帰せられている空間以外を認めない。都市設計における人民の駆逐への執着は、近年ではより一層激しくなっているように思われる。

 

所有できないもの

 

 このような主権者の意図に抗うために、私たちにできることは何か。アデミアを作り出すために権力がこれまで採用してきた最も効率的な戦略は、人々にものを「所有させること」である。人々はものを所有することで、その所有されたモノを社会から引き剥がし、自己の内なる領域に引き込む。主権者の狙いは、ありとあらゆるものを人々に所有させ、人々の周りを非政治的なモノで埋め尽くすことによって、人々自体を非政治化することである。都市空間における広告の瀰漫は、権力の遍在と共犯関係を結んでいる。「所有しろ!」というメッセージはスマートフォンを通じて人々の布団の中にまで侵入し、最終的には自己の身体をも自己の所有物とさせることで、人間存在自体を徐々に非政治化してゆくのだ。また、今日においては、イデオロギーや人格すらも人々の「所有すべきモノ」と化しているように思われる。その結果として、政治的なイデオロギーが非政治化されるというカオスとしか言いようのない逆転状態が引き起こされているとは言えまいか。(日本保守党チャンネルのホームパーティ感、「うちで踊ろう」に安倍晋三がフューチャリングすることによって生じた喜劇的とも言える政治のオイコス化、など)

 主権者が採用してきたこうした戦略は、「主権者が最も恐れてきたもの」の裏返しとも取れる。主権者が最も恐れるもの、それは「所有できないもの」である。所有権・私有財産の否定と聞いて真っ先に連想されるのは、おそらく共産主義の思想だろう。

 思想史的な観点から見た時、共産主義は資本主義によって生じた歪みを乗り越えるために新たに作り出された思想として語られることが多い。しかし、人類史的な観点から俯瞰してみると、共産的な思想・生活は、資本主義が誕生するよりも遥か昔にこそ存在していたということがわかる。日本文化研究者である梅原猛は、山形県小国町に存在するマタギ(山間部で半農半猟生活を営む狩猟民)の生活様式の分析において、共産的生活の起源を示唆している。

 

 「そこでいろいろ聞きましたけど、完全な共産社会ですね。分配が実に公平です。つまりマタギの親方を能力によって、今度の熊狩りには誰がいちばんいいか相談して決める。一種の職能的な秩序が完全にできていて、親方はご飯も炊かなくていいし、寝ていればいい。しかし親方の命令には全部従う。その代り、親方は責任をもたなくてはならない ―そういう形でやっているわけです。ところが熊を獲って、熊の肉を分けるのはみんな平等で、狩りに参加できない未亡人とか年寄りにもちゃんと平等に分けるんです。ですからマタギ社会は見事な平等社会で、長は機能に応じてできる……というので、私は感動しましたね」(『日本の原像』より)

 

 マタギ社会の見事な分配システムを参照することで、生物としての人間の生態が、いかにして社会構造や概念の発達と関わっているか、ということが明らかになるだろう。狩猟採集社会においては、人々は常に活動の拠点を移動させながら生活しているため、そもそも富を一箇所に集中させるということが起こりにくい。また、狩りをして得た獲物は放っておくと腐ってしまう。それに、どんな大食らいでも、一人の人間が一度に食べることのできる量には限界があるため、一個の個人が富を占有するという思想は必然的に発生しにくい生態になっているといえるだろう。それに対し、農耕社会には私有財産の概念が発生しやすい条件が揃っている。まず、定住文化であることから、富を一箇所に集中させることが物理的に可能である。それに加え、穀物は長期間の貯蓄が可能である。また、農業を営む上では、水と農地の確保が重要になる。このように、富の所有・私有という概念は、人々の生活が農耕を基礎にするものに移行してはじめて発達した概念であると推測できる。

 話を元に戻そう。狩猟採集社会において、獲物は個人で消費しきれないという意味で「所有できないもの」に当たるわけだが、いずれにしても、この所有不可能なものこそが主権者の最も恐れるものである。所有不可能なものが現れる時、人々はまさに「現前」する。マタギが大きな熊を狩ることに成功すれば、運び込まれたその獲物の周りには人々が輪を描いて集うだろう。それこそが、主権者の最も恐れる「人々の現前」なのである。

 現代の都市設計においても、主権者は明らかに「所有できないもの」の出現を執拗に忌避している。その強迫にも似た恐怖心は、東京オリンピックの前後に盛んになった都市の浄化計画において最も明瞭に現われている。巨大な獲物の他に所有不可能なものがあるとすれば、それは「音と空気」であろう。オリンピックに伴う観光客の誘致を名目に行われた、喫煙所の密室化、あるいは喫煙所自体の一掃、路上生活者の排除、路上ライブに対する取り締まりの強化。これらは皆、音と空気の中から人の気配を一掃することへの異様な執着の現れである。主権者は、音と空気の中に「所有できないもの」が現れることを最も忌み嫌い、それを中心に人々が集うことを何よりも恐れるのだ。我々が路上で同じ音を聴き、同じ空気(ヴァイヴス!)を吸う時、それはアデミア状態を作り出そうとする主権者に対する最大の抵抗になる。我々は音楽の共産主義によってこそ、自らを現前させることができる。それこそが、汎権力に対抗する汎人民(パンデミア)の道なのだ。

 

歓待の生活

 

 最後に、あらゆるものが所有される現代社会において、「所有できないもの」は一体どこにあるのか。梅原はもう一つ、面白いことを言っている。

 マタギと同じく狩猟採集生活の文化を持っているアイヌ民族の言葉に、「ヤイイライゲ」という言葉がある。これは「ありがとう」、感謝するという意味を持つ言葉だ。しかし、この語を分節化して意味を辿っていくと、「ヤイ」自らを「イ」それについて「ライゲ」殺す、つまり「私を殺してくれ」というもう一つの意味が浮かび上がってくる。アイヌ語では、「私を殺してくれ」というのが、最も強い感謝の表現になるのだ。現代の「標準語」の感覚からすると、理解の仕方に戸惑うこの言葉について、梅原は、アイヌ最大の宗教儀礼「イヨマンテ」にあらわれる信仰と結びつけることで、非常に示唆に富んだ考察を述べている。

 イヨマンテは、アイヌの文化では「飼い熊の霊送り儀礼」として知られている。アイヌの文化には、狩りで捕まえた子熊を集落の中で育てるという風習がある。

 

「春先のヒグマ猟で、母熊と共に生まれたばかりの子熊を手に入れると、人々はカムイから養育を任された名誉あることと考え、授かった子熊を大切に育てました。そして1〜2年ほど飼育した後には、その魂をカムイモシリ(神々の世界)へ送り返す盛大な儀礼が、集落をあげて営まれた」(財団法人アイヌ文化振興研究推進機構)

 

 これが、イヨマンテという儀礼の内容である。梅原によると、熊はアイヌにとっては、ミヤンゲ(日本語では「みやげ」原義は「身をあげる」)を持って人間の里に訪れたマラプト(客人)であるという。

 

「マラプトはミヤンゲをもって人間の里をおとずれ、そして人間に可愛がられ育てられ、その結果、おいしい肉を人間に与えるために殺され、その霊を天に送られる客人なのである。ここでマラプトである熊からみれば、人間によって殺されるという行為は、彼らの自発的な意志であり、それは、人間に可愛がられ、育てられた行為の返礼として、自発的に行う自己犠牲の儀式なのである。それは、いわば「ヤイイライゲ」自己を殺す行為であるが、それは、人間に対する感謝のしるしでもあるのである。これは、人間にとって都合のよい考えのようではあるが、人間が神によってすべての動物を殺す権利を与えられているとするほど、人間の自分勝手な考え方ではないと思う。後者の考え方に立てば、動物殺害に何の精神的痛みも感ずる必要なく、また動物殺害のために何らの弁明を必要としないが、前者の考え方にたつ限り、動物殺害には厳粛な儀式が必要になる。というより、動物殺害という、人間が生きていくために必要な行為が、多分の罪障感を伴いつつ、厳粛に行なうべき重要な宗教儀式となっているのである」(「遥かなる世界からの眼を」より)

 

 イヨマンテが、アイヌにとって単に熊を殺す儀式ではなく、熊の霊を「送り返す」儀礼であるということは非常に示唆的である。熊の命は、アイヌ民族にとっておそらくは「所有できないもの」なのだ。それは、人の里の中に永久に留めておくことも、食らい尽くして消してしまうこともできない。故にそれは「送り返さねばならない」。それは、人間の罪のための「生贄」として羊を殺す、ユダヤの過越祭のような動物殺害儀礼とはまったく異なり、狩猟社会に特有の意味合いを持っている。熊は羊と違って「家」畜ではない。野生の、もっと言えばカムイモシリからやってきたマラプト(客人)なのである。

 ここからわかることは、「所有できないもの」は、我々の内には決してなく、いつも我々の「外からやってくる」ものだということだ。だからこそ、我々はその客人(まれびと)を、敬意をもってもてなし、歓待し、やがては互いに見送り合わなければならない。それが「所有できないもの」であるという意味において、我々はその人とずっと一緒にいることはできない。我々の一員としてその人を内に引き込み、自らの一部としてしまうことはできない。客人とは、いつか別れなければならない。でも、会えてよかった。それが人々の中に「所有できないもの」の領域をひらいていく態度なのである。我々ひとりひとりが互いに客人なのだ。君と僕は、これからもずっと一緒にはいられない。でも、会えてよかった。さようなら。ありがとう!

イエスはなぜ復活したのか 一罪の中に立ち止まる

謎

  イエスはなぜ復活したのか。2000年前、イスラエルにイエスという男が生まれ、殺され、そして復活したという。イエスはなぜ復活したのだろう。

  途方もない問いである。この問いを一筋縄ではいかない問いに仕立てあげているのは、恐らくこの「復活」という言葉の特殊性だろう。「復活」とは、「一度死んだものが生き返る」ことを意味する言葉だが、そもそも我々はなぜこの言葉を知っているのだろうか。我々の歴史の中で、死から蘇った者はただの一人としていない。そういったことを誰も目撃したことがないにも関わらず、我々は「復活」という言葉を知っている。

  しかし、「復活」という言葉は、元来日本語の中には無い語彙であると思われる。日本国語大辞典を引くと、日本語の中に「死んだものが生き返る」という意味で「復活」という言葉が現れたのは、1892-93年あたりのことだとわかった。最古の例の二つにあたってみると、どちらもキリスト教に直接または間接的に関係のあるテキストであった。

 

 内村鑑三『基督信徒の慰』(1893)

 「殊に宗教の助あり、復活の望みあり」

 

 北村透谷『各人心宮内の秘宮』(1892)

 「古代の崇高なるプラトニックの理想的精神を復活せしめ……」

 

  一つ目は書物自体がキリスト教に関するものであり、二つ目はそうではないものの、北村透谷は1887年に入信したキリスト教徒である。出現する年代を鑑みても、「復活」という言葉は、恐らくは日本におけるキリスト教の布教活動、特に聖書の翻訳活動の中で徐々に産声を上げていった言葉であろうと思われる。

  日本で聖書の翻訳事業が本格的に開始したのは、1872年に開かれた第一回宣教師会議以降である。新約の翻訳に関しては1880年に完成し、『新約全書』として世に出ている(国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能)。『新約全書』は「明治元訳聖書」とも呼ばれ、ネット上でもテキストを確認できる。しかし、この時点ではまだ「復活」という言葉は出ておらず、イエスの復活の場面では一貫して「甦る」という言葉があてられている。それが、1896年松本高太郎訳の『正教要理問答』では「よみがえる」という言葉に「復活」の文字をあてて読むようになり、1901年の堀江復訳『聖ロイオアン教訓』でやっと「復活(ふくかつ)」という表現が出てきた。 

  関連書物の翻訳の歴史を見ても、イエスの復活にあてる表現には試行錯誤の跡が見られる。最初期の翻訳には「よみがえる」という言葉があてられていたわけだが、やはりこれはキリスト教的な世界観にはそぐわなかったのだろう。『新約全書』においても、日本語に古くから存在する「蘇る」という字ではなく、あえて「甦る」という新たな造字をあてており、その後の翻訳でも、新たな当て字、新たな表現を模索している。このことからも、日本語に古くからある「よみがえる」という言葉の意味と、キリスト教における「復活」の概念は、相当程度に内容を異にすることが伺える。

 

根の国

  「復活」の意味を相対的に明らかにするためにも、「蘇る」という日本語をここで考えておく必要がある。第一に、「蘇る」という言葉には〈黄泉(よみ)から帰る〉という意がある。「黄泉」にしても非常に古くからある言葉で、記紀にも登場する。「黄泉」の文字自体は中国由来のものだが、死者の行き着く世界という意味での「よみ」自体は古くからあるもので、古代には「根国(ねのくに)」「底国(そこのくに)」などの別称も存在する。「根国」に関しては、沖縄の信仰に現れる海上の楽土、ニライカナイと同一視する見方もある。柳田國男は、その観点から根の国は元来明るい印象を持っていたと語る(「根の国の話」)。

  しかし、記紀や大祓の祝詞を読むと、根の国が海の彼方に位置するということはどうもそうらしいが、安楽の場所かと言われると、真逆の印象を読み取らざるを得ない。

  まず、『古事記』における「黄泉」の中身を読んでみよう。『古事記』の物語は、伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)の二神による国生み、神生み神話からはじまる。神生みの段階で、伊邪那美は火之迦具土神(ヒノカグヅチノカミ)という火の神を生んだことによって陰部が焼けてしまい、そのことで死んでしまう。悲しんだイザナギが、死んだイザナミに会いたいと欲して、追いかけて往きついた場所こそが、黄泉の国というわけである。しかし、そこは恐ろしい場所であった。イザナギは、蛆に蝕まれ、身体に八体の雷神を宿した、変わり果てたイザナミの姿を目にし、そのことによって醜女に追いかけられ、命からがら逃げ帰るのであった。そうしてイザナギは、「吾はいなしこめしこめき穢き国に到りてありけり(私はひどく穢らわしく、汚い国に辿り着いてしまったものだ)」と告白し、清めの禊を行うのであった。イザナギは川の中流に身を浸して、水の浄化力によって祓い清めを行うのであるが、この水による祓いを現実に儀式化したのが、「六月晦大祓(みなつきつごもりおおはらえ)」である。これは、六月晦日に、宮中や諸社、あるいは水辺で行われた神事であり、茅輪を作って参詣人にくぐらせ、川原には斎串を立てて祝詞を誦し、また体を撫でて罪や穢れを移した形代の人形を幣とともに清め、半年間の災厄、汚穢、罪障を祓う儀式である。この場で誦えられた祝詞は、まさにこのイザナギの水による禊の反復であり、その中に「根国」「底の国」という言葉も登場する。

 

 如此所聞食てば 皇御孫之命の朝廷を始て 天下四方国には 罪と云ふ罪は不在と 科戸之風の天之八重雲を吹放事之如く 朝之御霧夕之御霧を朝風夕風の吹掃事之如く 大津辺に居る大船を 舳解放艫解放て大海原に押放事之如く 彼方之繁木が本を焼鎌の敏鎌以て打掃事之如く 遺る罪は不在と 祓賜ひ清賜事を 高山之末短山之末より 佐久那太理に落多支都速川の瀬に坐す瀬織津比咩と云神大海原に持出なむ 如此持出往ば 荒塩之塩の八百道の八塩道之塩の八百会に坐す速開都比咩と云神 持かか呑てむ 如此かか呑ては 気吹戸に坐す気吹主と云神 根国底之国に気吹放てむ

如此気吹放ては 根国底之国に坐す速佐須良比咩と云神 持さすらひ失てむ

如此失てば 今日より始て罪と云ふ罪は不在と

 

現代語訳(拙訳):

 このようにお聞きになったならば、天下の四方の国には罪という罪はもはや在るまいと

 しなどの風が、天に八重にかかる分厚い雲を吹き放つかのように、朝の霧、夕べの霧を、朝風、夕風が吹き掃うかのように、河口にいる大船を、舳を解き放ち、艫を解き放つことで、大海原に押し放つかのように、残る罪はもはや在るまいと

 お祓い下さり、お清め下さることを、高い山のふもと、低い山のふもとより、激しく落ちていく速川のほとりにまします、セオリツヒメという神が、大海原にきっと持ち出でるだろう

 このように持ち出でたならば、荒潮の潮の流れが通るいくつもの道、八潮の潮の流れがいくつも交わるところにまします、ハヤアキツヒメという神が、きっと持ち抱えて呑むだろう

 このように呑んだならば、気吹戸にましますイブキドヌシという神が、根の国・底の国にきっと気吹を放つだろう

 このように気吹を放てば、根の国・底の国にましますハヤサスラヒメという神は、居場所を失っていなくなってしまうだろう。

 このように居なくなれば、今日から始めて罪という罪はもはや在るまいと

 

  この祝詞の後半部分は、山のふもとの上流部から、水の流れを追うように大海原へと流れ出て、それと一緒に穢れが祓われるという形で誦えられる。その順序関係に対応させて考えると、根の国・底の国というのは、いくつもの潮目が交わる大海の沖合いの、もっと向こうに位置するということになるので、死後の世界が海の彼方に位置するという見方にもおよそ納得できる。いずれにせよ、大祓の祝詞における根の国は、罪や穢れの流れ出づる最果てなのである。

  また、出雲神話の主神であり、記紀において海原の支配を命じられた須佐之男命(スサノオノミコト)が、『古事記』において、根国を「妣(はは)の国」と呼んでいることからも、根国・黄泉の国が海に関係していることは理解できるだろう。もしかすると、古代に南西諸島から日本列島に渡来した人々の海上信仰の残りが、根の国の概念に繋がっているのかもしれない。

  とはいえ、やはり記紀における根の国は、ニライカナイのような楽土とは程遠い印象を与える。『古事記』の国生み・神生み神話において、スサノオは大いに荒ぶる神として描かれている。根の国行きたさに大泣きするあまり、青く茂っていた山を枯山に変え、河や海を泣き乾かした。そのために邪神の跋扈を許し、多くの災いを巻き起こしてしまう。また、天照大御神の耕作する田の畔を打ち壊し、水を引くための溝を埋め、新嘗祭の神殿に糞をひり散らかして穢すなど、手のつけ難い暴れっぷりを見せる。最終的には死人も出し、この暴虐をきっかけに、天照は天の岩戸に身を隠してしまうこととなる。根の国と結びついた文脈において、スサノオは死や汚穢、災いや罪をもたらす荒ぶる神として描かれている。

  記紀において、根の国・黄泉の国には、そうした恐ろしいイメージが常にまとわりついている。そして、実際に〈黄泉から帰る〉神々というのはいない。イザナミも、結局は黄泉から帰ることはなく、それどころか、イザナギ(生ける神)との間に完全な離縁を宣言するにまで到るのだ。スサノオも、最後まで黄泉へは行かず、高天原を追放されたあとは出雲国を治めている。結局、神々はただのひとりも蘇ってはいないのである。

   現代の我々が「蘇る」という言葉に抱くポジティブな意味合いは、むしろ天の岩戸物語に見られるような、農耕文明色の強い循環と再生の物語に象徴されているように思われる。太陽の衰える冬に死に、春に新たな命を得る穀物神の信仰のように、日本文化の中の再生のイメージは、農作物の栽培(稲作)における、太陽の動きに同期した植物的な生命のサイクルの中に見出されている。こうして語の源を探ってみると、「蘇る」という草冠を備えた動詞の意味は、汚穢や災いの渦巻く「黄泉」そのものとは分化して発展を遂げてきたように思われる。

 

仔羊としてのイエス

  「復活」に対応する日本語を考えた時、キリスト教における死後の世界の観念と、日本語における「黄泉」の概念は、内容も異なれば所在地も異なる。また、近現代まで残っている「蘇る」という言葉のイメージが、農耕との関係によって色付けられてきたのに対し、イエスの復活はそうした植物的な色彩とは全く異なる文脈で発生していることも言える。

  イエスが十字架にかけられたのは、過越の祭りの日である。過越の祭りとは、ユダヤ教の祭日であり、ユダヤ暦のニサン月14日の夜に始まり、一週間つづく。はじまりは、エジプト人の奴隷であったユダヤ人の先祖が、モーセに連れられてエジプトを脱出した時、神はエジプト中の初子を殺したが、子羊の血を家の入り口に塗ったヘブライ人の家だけは、殺戮が「過ぎ越し」た、という故事に由来する。最初の晩にセデルと呼ばれる正餐を催し、子羊、苦菜、種無しパンを食べ、〈ハガター〉と呼ばれる出エジプト記に関する物語を読んで、先祖がエジプトの奴隷の身分から救い出されたことを記念する。有名なイエスの最後の晩餐はセデルであり、イエスは自らの死を、過越祭の犠牲として殺される子羊の死と重ねて意味付けている。つまり、イエスの死と復活は、日本語の「蘇る」における植物的な循環と再生ではなく、ヘブライ人を解放するための犠牲として殺される子羊と同じく、動物としての肉の死と復活なのである。この点だけでも、「蘇る」という表現がイエスの復活の翻訳としてふさわしくないことの十分な理由になりうる。

  こうして考えてみると、イエスの復活は、他の信仰の中に全くと言ってよいほど類を見ない特異な現象であるように思える。ギリシア神話におけるimmortalな(不死なる)神々との類比も考えにくい。そもそもキリスト教は一神教であるというのもそうだし、イエスは聖書の中で、再三「人の子」として強調される。また、死者が墓から這い出てくるといった、ブードゥー教的なゾンビのイメージともまったく異なる。

 

マタイによる福音書22章32節 

「『私はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだものの神ではなく、生きているものの神なのだ」

 

人々に現れるイエス

  では一体、復活とは何なのか。聖書において、復活したイエスが弟子たちの前に姿を現す時、「…に現れる」という表現が用いられる。

 

「マグダラのマリアに現れる」(マルコ伝―16.9)

「シモンに現れた」(ルカ伝―24.34)

「弟子たちに現れた」(ヨハネ伝―21.1)

 

  私が聖書を初めて読んだ際に最も新鮮に感じられた表現が、この「現れる」の用法である。「に」という助詞を伴って使われること自体は全く珍しくないが、この場合の「に」は「お台場にゴジラが現れる」といった、地点を示す用法とは異なる。「イエスが、マグダラのマリアに現れる」という時の「に」には、「…に対して」という意味合いが込められているように思われる。「マグダラのマリアの前に」とは決して書かれず、イエスは必ず「マグダラのマリアに」現れる。このように、対象に対して直接的に、あるいは限定的に「現れる」ような用例は、日常ではほとんど見られないのではないだろうか。もちろん、これは日本語における表現の話なので、単に翻訳する上での慣例的な表現作法としての側面もあるかもしれない。また、ラテン語の原文に接すれば、さらに違った印象があるだろう。しかしそれでも、「人々に現れる」というイエスの復活の仕方に、「復活」の意味を考える上で、何か重要な秘密が隠されているように思えてならない。というのも、先述の通り、日本の宣教師たちは「復活」という言葉を発明するのに数十年の時間を要した。それに対して、「…に現れる」という表現は1880年の最初の翻訳『新約全書』の時点で既に確立されているのだ。「…に現れる」という聖書に特有の表現は、「復活」という言葉以上に、復活という現象の本質を示しているとは言えないだろうか。

  「シモンに現れる」という時、「現れる」というイエスの行為、現象は、シモンに対象を限定して起こっている。裏を返せば、「シモンに現れる」という時、その言葉は「シモン以外には現れていない」ということを同時に示している可能性がある。そのように仮定すると、「イエスが人々に現れる」という現象は、「人々がイエスを幻視する」という現象とかなり近似して見えてくる。シモンに現れているイエスが、シモン以外には現れていないのだとしたら、それはシモンが幻を視ているということと、現象としてはほとんど同じであろう。遺された者たちにとって、イエスとは幻なのだろうか。

  受難物語におけるイエスは、奇跡物語におけるイエスとは対照的に、無力であり、無抵抗である。ガラリヤの周辺で奇跡を連発し、盲の目を啓き、人々の萎えた手足を癒し、パンを増やし、水上を歩き、死人まで蘇らせていた頃のイエスとはまるで打って変わって、エルサレムに入ってからのイエスは、パリサイ派の衆議会議員や律法学者の思惑の為すがまま、捕縛され、磔にされ、殺されてしまう。言うまでもなく、この無力なイエスこそが現実のイエスの姿であったのだろう。聖書はそのことを隠さずに著しているし、それが愛のメシアとしてのイエスの紛うことなき本質だったのだ。

  この点については、遠藤周作が『死海のほとり』『イエスの生涯』で詳しく述べている。遠藤によれば、貧しい人々や病める人のそばに寄り添い、神の怒りではなく、神の愛を説いたのがイエスという人だったという。 「洗者ヨハネ」の説うたような、罪に厳しく、律法に厳格な父のような神ではなく、人々の弱さや苦しみを分かち合う、母のような神をイエスは信じた。律法や神殿の権威よりももっと高いものがある。それは愛だ。不具の人、子を失った人、見棄てられた人、それらの不幸な人々の中の最大の不幸は、彼らを愛する者がいないことであるということを、イエスは知っていた。イエスはその「愛」への信仰を、生涯を通じて示そうとされた。それでも人々は愛より奇跡を、詩よりパンを、信仰より銀貨を、イエスよりもバラバを欲した。そんな人々を救うために、イエスは自らが過越祭の子羊となり、愛の神にこたえようとされたのだと遠藤は言う。

 

現実のイエス

  そうして、イエスは死んだ。現実に、イエスは死んだのだろう。現実に、イエスは奇跡を行わなかった。苦しい、無惨な最期だっただろう。昼の十二時から三時過ぎまで、少なくとも三時間超も磔にされていたのだ。痩せこけて、ぼろ布一枚のみを腰にかけた、乾き切った真っ白な体がそこにあったはずだ。聖書は、「それがわかるように書かれている」。

  私が思うに、それこそが新約の特異性なのだ。後半に描かれる受難物語には、イエスが受けた衆議会からの辱め、群衆やローマ兵からの暴力、弟子たちの裏切り、処刑の際の無惨な最期が、秘匿されることなく露わに描かれている。思うに、ここに描かれているのは「悲劇」ではなく「現実」なのだ。新約の中には、「創作」と「現実」の激しい葛藤が、明らかに存在する。前半の「奇跡物語」の中では、生前のイエスの偉大さを示すため、様々な奇跡、病める者、貧しき者が望んだ奇跡を悉く実現するイエスが描かれる。その一方で、後半の「受難物語」におけるイエスは、ひたすらに無力だ。自らを貶め、無惨な形で手にかけようとする思惑を知りながら、何も為せずに死んでいった。イエスの現実が描かれている。それだけではない。聖書の著者たちは、教団や、宗教者としての自分達の権威にとって致命傷になりうる「自らの裏切り」についても、はっきりと著しているのだ。そこには当然、激しい葛藤があったはずだ。しかし、聖書の著者たちは、そうした不都合な現実を書き著さずにはいられなかった。何故か。イエスの無力さ、自分たちの卑劣さの中にこそ、イエスの信じた愛の本質があったからだ。弟子たちの脳裏には、奇跡など何も為さない代わりに、泣く人や孤独な人のそばに、ただ優しく寄り添っているその人の姿が焼き付いていたのだろう。その人は、弟子に裏切られ、群衆に石を投げられながら、真っ白になっていった。それでもその人は、呪う言葉の一つも吐かず、最期まで神の愛を信じ、弱き者貧しき者が、天の国では慰められることを願って死んでいった。

 

矛盾の中にあるもの

  新約には、弟子たちが描かざるを得なかったイエスの現実が記されている。その結果生じたのが、物語としての明らかな破綻だ。創作と現実の間の葛藤を、葛藤のまま著したことにより、新約聖書はいくつもの矛盾や疑問を抱えることになった。あんなにも力に溢れていたイエスが、エルサレムに入って以後、なぜぱったりと奇跡を振るわなくなるのか。ガラリヤでは称賛で迎えられたイエスが、故郷ナザレでは受け入れられず、憤怒した群衆に崖から突き落とされる寸前にまで至ったのはなぜか。過越の祭りの生贄として死んだはずのイエスが、生き返ってしまっては生贄の意味を成さないのではないか。私は、これらの矛盾を「脱物語性」と呼び替えてみたい。聖書は、辻褄の合った物語であることを拒絶している。時間を一貫した因果律によって貫き通し、読者に対してひとつの整った意味のみを示す書き方を、聖書は拒絶している。この「脱物語性」こそが新約の特質であり、その行き着く先に「復活」がある。

  「イエスの死」とその後の復活の描写に、私たちが奇妙な浮遊感を覚えるのは、それが物語の整合性から脱落しているからであり、それが私たちに立ち止まることを強いるからである。弟子たちにイエスが現れるとき、その他大勢の人々にとってイエスはただ死んだのである。何もできず、何も為さずに死んだイエスの身体は、もはや人々の関心の対象ではない。何せ今は過越祭の最中である。人々はイエスの死など気にも留めず、生活に戻っていく。実際、群衆の処刑に対する熱狂は、十字架を背負わされて市中を歩いていた時がピークであり、磔にされた後は関心も冷めていったのではなかろうか。磔にされて少なくとも三時間が経過してはじめてイエスは死に至るのであるから、その間ずっと熱狂が継続していたとは考えにくい。イエスが死ぬ頃、そこにいたのは百人隊長とあとは数人くらいのもので、群衆のほとんどはみな元いたところへ戻っているだろう。最期の時、実際には地響きが起きることもなく、天幕が裂けることもなく、エルサレムにはただいつもと変わらない時間が流れていたに違いない。

  エルサレムの人にとっても、ガラリヤやナザレの人にとっても、イエスはただ通り過ぎただけの人だっただろう。しかし、弟子たちは、その通り過ぎただけの人の死を前にして、立ち去ることはできなかった。弟子たちにだけ、イエスは現れたのだ。何もできなかった人、奇跡をなし得なかった人、ただ神を信じる以外に何もできなかった人。その優しい姿を忘れることなど、できるはずもなかった。イエスを忘れ、人々の群れに混じってその場を立ち去ることなど、できるはずもなかった。

 

罪の中に立ち止まること

  創作と現実の葛藤、物語としての矛盾は、弟子たちとイエス、弟子たちと群衆とのねじれた関係と相似形を成している。過越祭の由来となった故事を思い出してみて欲しい。信仰の厚いヘブライ人たちを奴隷の身分から救うため、犠牲となった仔羊のように、イエスは自らの死を以て弱き者たちを救おうとされた。愛を示そうとなされた。しかし、弟子たちはイエスを烈しく否認した。裁判の時、ペトロはイエスの予言通り、鶏が鳴くまでに三回もイエスを「知らない」と言った。この時、イエスが仔羊となって救おうとしたはずの弟子たちは、初子を「いないもの」として過ぎ越していったかつての迫害者たちと同じ側に立ってしまったのだ。 

  イエスの死体の前を無関心に過ぎ越していった群衆たちは、ユダヤ人の解放を祝い、その足で神殿をのぼる。しかし弟子たちは、彼らと同じように過ぎ越していくことはできない。彼らを愛するためにこそ、イエスは死んだのだから。弟子たちは、一度ならず三度もイエスを裏切り、迫害者たちと同じようにイエスを「いないもの」とした。しかし、イエスはその罪を咎めることをしなかった。最期まで神の愛を信じ、弱き者・貧しき者が天の国では救われることを願った。イエスの愛は、信仰者/迫害者という別を超えて大きいのだ。それに比べて、私たち罪人のなんと小さいことか。

 


彼は卑しめられて 人に棄てられ

悩みを知り 悲哀の人であった

人が顔をそむけるまでに卑しめられ

われらも彼を心にとめなかった


げにもよ 彼はわれらが悩みを負い

われらの悲しみを背負ったのだ

しかるにわれらは思った 彼は打たれ

神にたたかれ 苦しめられたのだ と


彼こそわれらの不義のために傷つけられ

われらの咎のために砕かれた

懲罰は彼に下って われらに平安をもたらし

彼の傷によって われらは医された


彼はぶたれても じっと忍び

その口を開かなかった

屠り場にひかれる仔羊のように

毛を切る者の前の雌羊のように

だまって 口を開かなかった


苛酷な裁きによって彼は取り去られた

その運命の転換を誰が思ったか

彼が生ける者の地から断たれ

我が民の罪過のために死に渡された時


人はその墓を不虔な者と共にし

その塚を悪人とひとしくした

彼は暴虐を行わず

その口に偽りすらなかったが


(イザヤ書、53、関根正雄訳)

 


  「復活」とは罪の中に立ち止まることである。イエスが私たちに現れる時、私たちは単に幻を視るのではなく、罪の中に立ち止まるのだ。過越祭を祝い、子羊の血を捧げるため、人々は神殿をのぼっていく。私は地べたに立ち止まることしかできない。裁く人の中に私はいないから。はじめから彼をいなかったことにして、他の大勢の人たちと同じように、そこを過ぎ越してしまうことはできない。私はその人を裏切った。それなのに、その人は私の罪を咎めることをしなかった。あなた方と共に行くことはできない。

鬱と霊性 〜資本主義の中のスピリチュアリティ〜

裏の世界


 私は霊的な存在を大いに信じる。私は、自らの身体が質量をもった単なる物体であるとは思わない。私の身体には魂が宿っている。故郷の山や海には、祖霊や小さな魂の存在を感じる。しかし同時に、そうした霊的な存在や見えざる領域に対して、我々の社会が持っている言葉はまったく不十分だと感じる。不十分というより、不全、不能と言った方がよいのかもしれない。我々の社会は、霊的なものと共生する方法を完全に見失っている。

 

 我々の霊性の不能を象徴するような現象に、地震予知、民間療法、反ワクチン思想などといったエセ科学や陰謀論が予想外に多くの人の心に入り込んでいるということがある。ここで私が問題にしたいのは、陰謀論にのめり込む人々の「無知」や「愚かさ」ではない。むしろ、それらがデタラメだとわかっている圧倒的多数の「まともな」人々が抱える不能である。

 

 我々は、偽の科学者やスピリチュアルの親玉たちのまとう胡散臭さに、十分敏感である。また、何月何日に大地震が起こるとか、窒素で癌が治るとか、ワクチンが人体にICチップを埋め込んでいるとか、そういった言説がまったくのウソであることも知っている。にも関わらず、身近な人がそうした陰謀論にのめり込んでしまっている時、どのようにして彼の人と話し合い、どのようにしてその緊張を解きほぐすべきか、ということを我々はほとんど知らない。


陰謀論とは


 そもそも、陰謀論とは何なのか。我々は全くと言っていいほどそれらを語る言葉を持たない。「デタラメだ!」とか「非科学的だ!」と叫ぶことはできる。でも、そのあとは?

我々は彼の人に対して一方的に投げつける悪態こそ持ってはいても、話し合うための言葉を持っていない。この不能にどう向き合えばいいのか。


 私たちは、科学的な世界観にあまりに浸りすぎたせいで、「科学的でないもの」に対する免疫が落ちてしまったのだ!陰謀論の流行について、このように語る声もある。しかし、反ワクチンや民間療法、地震予知などの言説が「非科学的」であるとは、本当だろうか。これらのエセ科学、陰謀論は、実はある意味で極めて「科学的」な原理によって動かされているとは言えまいか。


 ここで、「科学的」という言葉の意味に関して、もう少し細かく述べておきたい。ここで言う「科学」とは、科学そのものというよりも、我々が科学を信じ、発展させ、そして依存する上で前提となっている神話のことである。つまり、「科学は万能である」という神話だ。科学は日々、世界の公理を発見し、現時点では不可能といえども、そのことによっていずれは世界のすべてを語り得る。あるいは、科学は世界を日々改良していくことができ、科学によって生じた問題もまた、科学によって解決できる。そうした神話こそが、科学を権威付け、前進させている原理である。


 エセ科学や陰謀論の根底には、こうした神話のネガが潜んでいる。まだ理論化されていないだけで、未来について知る方法や、未来を知る存在が、何かしら在るはずだ。どんな手段を用いても治癒不能な病など、あるはずがない。こんなにも多くの人々を巻き込んだ不条理に、理由がないはずがない。何か一つの思惑や、はっきりとした要因によって説明できるはずだ。こうした、人間の万能への盲目的な確信こそが、陰謀論を動かしていると私は考える。わからないものや、どうにもならないものは、究極的にはないという前提。人間が万能を手にすることができるという先駆的な盲信。これらはむしろ、科学が我々に植え付けた幻であり、その意味でエセ科学は、科学と同じ欲望を分かち合う兄弟なのである。


 このように考えてみると、我々はあまりに深く科学に浸りすぎたせいで、科学に「できること」と「できないこと」の区別がつかなくなっていると言うべきなのかもしれない。あるいは、「できないこと」がある、ということ自体を忘れていると言ってもよいだろう。いずれにせよ、科学は本来、客観性と現実性を重視する思想を持っているにも関わらず、現実にはそのような逆説が成り立っている。その理由とは何なのか。


都市生活者の夜


 我々の生活において、科学はもはや思想ではない。むしろ、「科学的な思考」というものが科学自体から漂白され、「科学的な技術」や「科学的な欲望」のみが生活の中に抽象されているのが現状と言える。現代社会で「科学」という言葉が用いられる時、それはそのまま「科学技術」のことを指す場合も多い。とにかく、都市生活においては、科学から思想が抜き取られ、純粋に利便性のみをもたらすものとしての技術や、自然に対して支配的な態度をとる欲望ばかりが享受されている。


 新自由主義的な社会には、巧妙に逃げ道が用意されており、その逃げ道こそが袋小路なのである。都市には、社会生活に疲れ果てた人間のため(そして誰もが疲れ果てている)、欲望という世界が口を開けている。都市は、欲望をかき立てるイメージと、欲望を暴力的に吐き出させるメッセージに溢れている。都市を歩く人間は、嗅覚の刺激に最適化された香料の人工的な甘さを嗅ぎ、細かな光の破片を閉じ込めたシロップを粘膜のように纏う果実を目にする。油と人工調味料にまみれた欲望を胃袋に落とし込むと同時に、「運動しろ、走れ、痩せろ!」というメッセージを受け取る。現代における欲望の世界とは、「喰らえ」「吐き出せ」という矛盾するメッセージ(まさに過食嘔吐のイメージと合致する)に同時に晒される場所を意味する。


 現代の都市空間の最大のいびつさは、欲望や感情を抑圧し、理性的に身体を統制する「労働」の場と、意のままに喰らい、吐き出す「欲望」の場が、同じ場所にあるというもう一つの矛盾にある。男性の欲望の暴力性に晒される女性の恐怖を描いたポランスキーの映画『反撥』、主人公のカレンは美容サロンで働いていた。サロンにおいて、女性たちは美を欲望する主体としてもてなされるが、サロンを一歩出ると、男たちの無遠慮な欲望の視線に襲われる孤独な客体となってしまう。その二重性に気づいた途端、母系的な楽園のようにも思えるサロンが、女の工場としての顔を見せ始める。女性や立場の弱い労働者など、社会の周縁に追いやられている人々ほど、都市の様々な二重性と、そこから生まれる歪みに縛られ、苦しめられている。

 

 労働者たちの身体は、ふたつに引き裂かれている。我々の身体には、「理性」という無機質な領域のほかには、「欲望」や「感情」と名のつく陳腐で貧しい土地が残されているのみである。「感情」や「欲望」といった言葉は、「理性」によって切断された身体のもう半分を指し示すためのものに過ぎず、明確な対義語関係にすらない。よって、それらを解放することがオルタナティブな生き方であるとする言説も、まったくのデタラメである。我々は、身体の半分を労働に、もう半分を消費によって搾り取られているに過ぎない。

   

鬱と霊性


 惨憺たる有様である。我々の身体は、貧しい荒れ野だ。そして、資本主義という名の大型トラクターが、その荒れ野をズタズタに引き回し、堆肥と化学肥料を撒き散らし、土壌に含まれる栄養分を根こそぎ搾り取っていく。そうして人々は、連作障害を起こしてバタバタ倒れていく。誰もが知っているように、その先に待っているのは鬱である。

 

 鬱というのは、どういう病気か。私は医学の専門家ではないので、経験から端的に述べることしかできないが、それは「なにもできない」病気である。起き上がることもできなければ、眠ることもできない。当然、風呂には入れないし、食べることもできない。まともに社会生活を送ることは不可能になる。奇しくも、私は鬱になってはじめて、「できない」ということを知るのである。


 ここでひとつ言っておきたいことがある。「鬱は人体の『エラー』だ」という言い方を当然のようにする者がいるが、私はそれは間違いだと思う。これまでの論を振り返ると、鬱はエラーではなく、「そういうプログラム」であると言えるだろう。鬱は「機能停止」という機能であり、身体が壊れかけている時の保護機能の一種である。身体や心が壊れているのに、それでも動き続けるならば、それこそエラーと言うべきだろう。


 少し話が逸れたが、鬱になっては我々はなんにもできやしない。布団の上で横になっているだけで一日が終わっていくのである。


「あなたは社会の『歯車』だ」

 

 我々が社会で生きていく中で、呪いのように言い聞かされてきたメッセージである。「歯車」というのは定義上、動き続けることではじめて「歯車」でありうる。その意味で、この言葉は「動き続けろ」という呪いを我々にかけている。しかし、私は動かない。鬱になってはまともに動けません。ずーっと、地蔵のように固まって動かなくなって五年が過ぎた。心の中には、もう何も無い。身体もボロボロ、あちこちで機能不全を起こしている。しかし今、少しまた何かが動き始めた。人によっては、数十年、数百年後かもしれない。いずれにせよ、私は動き出した。新しいプログラムが起動し始めたらしい。


 五年前に止まった歯車が、いま動き出すというのは、何を意味するのか。動き続けることに意味がある歯車。それは時計に似ている。時計は正確に時を刻み続けてはじめて「時計」として意味を持つことができる。逆に言えば、一度止まった時計が、しばらくしてまた動き出したとするならば、もはやそれは「時計」とは別の何かである。それは、正しい時間を示す、という当初の役割は当然果たさない。しかし、それでも動いている。確かにそこにある。我々はそれをなんと呼びうるだろう。


 私は、それこそを「霊性」と呼ぼうと思う。五年が過ぎ、あのトラクターは遥か遠くに走り去ってしまった。私の身体は、まるで耕作放棄地のように、種々の雑草が自由に根を絡ませて生えている。ほとんど何も無いが、それで穏やかな荒れ野である。

 

死にそびれるという在り方

死にたがり屋の男たち

 映画の中の男たちは、いつも死にたがっている(『いぬ』でも『ワイルドバンチ』でも『スカーフェイス』でも)。「悪党みな滅びる」というある種の美徳、ある種の完成を、自らをその悪党の一人として数え上げ、そして死ぬことによって実践するのが「男」だ。そう言わんばかりに、映画の中の男たちはいつも死に向かって汗をかいている。(もうそんなものには飽き飽きしている)

しかし、何故そんなにも死にたいのか。『いぬ』では、映画の冒頭において、ある短い言葉が語られる。


選択がせまられている

死か……ウソをつくか?

 

 「生き延びる」ということは、この映画においては「ウソをつく」ということなのだ。男たちにとって、あるいは映画にとって、生は何故それほどまでに不都合なことなのか。

 

「死すべきもの」としての人間

 ここで直ちに思い起こされるのは、「死すべきもの」としての人間についての、ハイデガーの思想である。「死すべきもの」というこの言葉は、人間の生が有限的であることを示す言葉だ。ではその有限的な生が、有限であるにもかかわらず意味を獲得するとするならば、それはどのようにして可能か。キリスト教的な伝統から言えば、人は神という無限の存在、不変の存在に与ることによって、はじめて意味を得る。そのような答えが返ってくるだろう。それに対しハイデガーは、信仰を離れ、思想として生に意味を与えうるのは何か、ということを問うた。ハイデガーの答えはこうだ。我々の生を固有のものとして意味付け得るもの、それは「死」のみである。「私」は他者の死を死ぬことができないという意味で、死はその人に固有のものだ。

また、ハイデガーは次のようにも言う。死は「生の境界」だと。死は生の外側にある未知の領域ではなく、むしろ生の「おわり」、帰結点として生をふちどるものである。はじまりとおわりに区切られてはじめて、人は生を総体として捉えることができる。逆に、死を先延ばしにし続ける以上は、総体としての生を生きることもできない(=固有の生を生きることもできない)。それ故に、その自己に固有の、一回性を帯びた生を生きるためには、「先駆的な決意性」によって、ある種能動的に死(=おわり)を設定する必要があるというのだ。

稚拙な要約ではあるが、ハイデガーのこの思想には、映画の中の死すべき男たちの姿がうっすらと重なって見える。男たちが必ず死ぬことと、映画に必ず終わりがあることとは、ほとんど同義であると言ってもよいだろう。映画が「終わること」によって一つの作品となるように、男たちも「死ぬこと」によって一つの生を得る。


「死にそびれた女たち」

 なんと下らない話だろうか。私には、どうもそれが嘘のように思えてならない。『いぬ』が「ウソをつく」こととして切り捨てた生よりも、「おわり」としての死の方が、私にはよっぽど嘘のように思えてしまう。

そのような私の直観の根底には、「死にそびれた女たち」の存在がある。フィルム・ノワールにおいて、「予め殺されている」(つまり、将来において能動的に決意された死とは対照的に、過去において受動的に殺されている)妻のなんと多いことか。死にそびれ、「ひとり寂しく生き残った」愛人のなんと多いことか。ノワールにおいて女は、ハイデガー的な意味で「死ぬ」ことができない存在だ。

そう考えた時、そもそもノワールが、「女」を女として描いたことが未だかつてあっただろうか、という問いが湧き上がってくる。ノワールにおいて「女」は、「男以外のもの」を表象するに都合のよい記号でしかないようだ。現に、セックスの描写が憚られる、例えば比較的低年齢向けの作品などでは、「女」はしばしば、「少年」や「動物」に置き換えられる。映画にとって、「女が女である」ということの意味などは、まったく関心事ではないようだ。

男が死ぬ為に設計された箱庭のような世界に、一体なんの価値があるのか。己の死のために、他者から死を奪う。これが虐殺の思想でなくて一体なんだろうか。こう考えていくと、ハイデガーがナチスの紛うことなき支持者であったことも、なにも唐突な謎であるようには思えない。

大衆的なノワール映画への批判の切先を、そのままハイデガーの思想へと向けるのは、飛躍しすぎていると思われるかもしれない。しかし、実際の世界を見渡した時、「死を先駆的な決意性によって能動的に設定する」などということは、やはりごく限られた特権の中でしか為し得ないことのように思える。この世では、死神はロクな仕事をしない。パレスチナで手足を吹き飛ばされ、肉片になった子どもたち。爆撃によって頭蓋を破られ、腸を晒され、ただれた肉塊となって死んだ者たち。今日レバノンでは、ポケベルの爆発に巻き込まれて子どもが死んだ。二人死んだ。彼らの死は決意されたものではない。彼らは暴力とテロリズム、虐殺の思想によって「死」を奪われたのだ。能動的な自らの意志によって予め死を提起し、生を完成させるべく、そこに向かって邁進することなど、馬鹿げた絵空事だ。彼らの屍の上に、自己が一体いかなる「死」を決意しうると言うのか。

 

21

 この世は映画ではない。世界が彼らから「死」を奪い、当のその世界に私たちが生きている以上、私たちもまた、如何なる「死」をも死ぬことができない。他者から死を奪うことを正当化する世界において、死が自己のものであるという保証はどこにもあり得ない。その意味で、我々はみな「死にそびれている」。

男たちにとって、「死」が生を意味付けるものであったならば、「死にそびれる」ことは我々にとってどのような意味を持つのか。俺はもう喋りたくない。彼らの死体の写真を毎日のように目にしながら、饒舌たりうる魂など、私の中にはない。だからシンプルにケリを付ける。

「死」がもはや自己のものではないならば、死のみならず生もまた、他者のものでしかあり得ない。他者に対して生きる。他者のために生きる。他者の代わりに生きる。我々にはその道しか残されていない。それを拒否したならば、我々はすぐさま、死神そのものになってしまうだろう。

もう一つ、「死」が生を意味付けるものであったならば、「死にそびれる」ことは、生を一つの意味から解き放つことだ。それは「未定」だ。生はここに来て、未だ定まらないものになった。定まらないものに対して我々ができることは、それについて語ることだ。語るという行為には他者が必要だ。語り続けるためには時間も必要だ。我々は、「死にそびれている」我々自身の生について、またそれだけでなく、死を奪われた幾多の人々の生について、語り続けなければならない。彼らの声、彼らの名前、彼らの身体。我々は、自らの声、自らの名前、自らの身体によって、それを反復し続けなければならない。「現在」とは、そのための時間である。

「セルフ〇〇」批判 自己から始まる世界の否定

 

「セルフケア」の倫理に横たわる嘘。

「セルフ〇〇」という言葉が幅を利かせはじめたのはいつ頃からだろうか。セルフサービス、セルフケア、セルフプレジャー。これらの言葉には拭い切れない嘘っぽさがいつもまとわりついている(「自分の機嫌は自分で取れ」的な命令も然り)。生の公的な側面を、カタカナ言葉によって乱暴に切り取り、表面的なポジティブさによって、それらをプライベートな領域に無理くり押し込めようとするような、そんな意図が透けて見える。これらの言葉が新自由主義の使徒であるという私の直観は別段外れてはいないだろう。私がこの言葉について語る必要に駆られる訳は、それが社会運動の範疇にまで入り込んで来ているからだ。

 「自分を助けられない者に、他人を助けることはできない」といった話や、「まず自分が健康である、自分が元気であることが第一段階で、他者を助けるのはその次の段階」といった論がまことしやかに語られる。

 どうあるべきかということは一旦差し置いて、これらの言説は事実としては完全に誤りだ。

 まず「わたし」、次に「他者」。このような順序で倫理を考えることで抜け落ちてしまうこと、それは「この世界は最初から複数であった」という事実だ。一人称→二人称→三人称という段階は、仮想のものである。思考や概念の次元を整理する上ではある程度有効であるかもしれないが、あくまでシミュレーションの道具に過ぎない。複数性の現実におけるケアを考える足がかりとして、大島渚の映画『少年』を例として出してみたい。


『少年』

 『少年』は、当たり屋をしながら全国を周り、ゆく先々で得た賠償金をあてにして生きている家族の物語である。家族構成は、少年、少年の実父、父の再婚相手の継母、継母との間に生まれた弟の四人からなる。このような複雑な文脈が背後にある家族構成でありながら、そこに至るまでの過程は一切描かれない。文脈よりも先に実存がある状態で、映画は始まる。

  私が『少年』を例に出したのは、他でもなく、この作品が「セルフケアを度外視したケア」の物語だからだ。実際の事件を元にした映画ではあるが、世間の語りとは真逆の切り口が、ここでは示されている。新聞はこの事件を、中年夫婦が子供を使って自動車事故を偽装し、賠償金をだまし取る事件として報じた。要は、夫婦に対しては当たり屋行為の主犯であるのみならず、子供を金儲けの為に無理やり車に飛び込ませるという、虐待行為をも行う非道な人物として非難がなされた一方で、子どもはあくまでも被害者であり、保護されるべき対象として語られた。しかし、世間の語りとは裏腹に、映画の中での少年は、皮肉にも家族の中で最も強き者だった。傷痍軍人の父、身重の継母、幼い弟。少年は、彼らのために、強制されるでもなく、自ら車に飛び込むようになってゆく。少年は、自分自身のためには生きることも死ぬこともできなかったのだ。このある種寓話的な物語が示唆するのは、それ自身どんなに弱く、傷付いて見える者でも、己より弱い者のためにしか生きることのできないという人間の姿である。


「自己犠牲」を超えてゆく

  自らがボロボロの状態で、それでも尚他者のために、より弱き者のために生きる人とはどのような人か。如何なる状況で、そのような自己犠牲が生じうるのか。我々はここで、「自己犠牲」に代わる言葉を考えなければならない。「犠牲」というのは、目的のためにやむを得ず、自由や権利、命といった財産を諦めること、またそれを断つことを意味する言葉だ。「少年」のように、より弱き者のために自らを捧げる者の有様を「犠牲」と呼ぶのは、二重の意味で違っている。一つは、それが目的の為の手段という体をなしていないということ。二つ目は、その人には自分の中にある諦め得るものさえ、恐らく見えていないということ。この二つは、実際にはある一つの内容を指示している。 それは、その行為が当人にとって、「自由意志に基づいた選択」の結果ではないということだ。

 「自己犠牲」という言葉の背後には、常に「選択」という天秤が揺れている。自己の自由や生命そのものと、それよりも高いかもしれない何かを天秤にかけ、どちらかを選びとるという過程がある。自己犠牲が美徳の一つとして語られ得るのは、この「選択」ゆえである。自己の自由を断念しないという選択を振り切ってまで、より高い価値の為にそれを手放すという「文脈」に、人は美を重ねるのである。

 しかし、より弱き者のために自らを捧げる者の姿に、そのような陳腐な美徳はそぐわない。その人の中に、「富める者が無限の自由の中から選び取った不自由」という美徳は無い。むしろその人は、「それ以外のあり方ができなかった」ように思われるのだ。

 我々はそれを自己犠牲とは呼べない。既知の言葉から適するものを充てるとするならば、それは「共生」であると考える。


「共生(Co-becoming)」(中島隆博)


 「共生」は、自己から他者へと存在を展開していく進化の作法でもなければ、崇高な目的の為に自己の所有するものを捧げる犠牲の作法でもない。「共生」を動かしているのは、存在の原理でも所有の原理でもない。では、何の原理によって、それは動かされているのか。

 答えを急ぐ前に、どのような場面で人は「共生」するのか、という先の問いに答えておきたい。

 単刀直入に言えば、自分より弱い、あるいは自分と同じくらい弱い者が周りにいて、尚且つ他者と呼べるような存在が彼らのほかにいないような場合に、それは起こる。

 自己犠牲の場と共生の場が根本的に異なるのは、そこに近代的な意味での「完成された個人」がいない、という点においてである。完成された人間が、自らの一部を犠牲にして、そうでないものを導く、助けるといった啓蒙的な構図(広い意味での「自己の拡張」)ではなく、《完成/未完成》という枠組みの外から、「共に人間的になる」(中島隆博)こと。それが共生である。

  重要なのは、それが「人間(名詞)になる」ことではない、ということだ。《完成/未完成》という枠組みは、まるで人間の中に、「人間」と「そうでないもの」がいるかのような錯覚を与えてしまう。人間が人間であることの自明性を揺さぶってしまっては、倫理は倫理でなくなる。「自分を助けられない者には、他人を助けることもできない」という理屈も、これと同じ危うさを孕んでいる。

 一方で、他者と共に「より人間的であろう」とする運動は、逆説的に我々が人間であることの自明性を高めるエネルギーを持っている。そこには、我々が人間であることに対する何らの根拠もない。しかし考えてみれば当然のことだが、「無根拠であること」こそが、それが自明であることの第一の条件なのだ。

 「人間的だ」という形容動詞は、我々が人間であるか否か、ということを問うたりはしない。人間的に笑う、人間的に稼ぐ、人間的な身体、人間的な言葉。「人間的」という言葉の意味は、はっきりと定義できなくていい。それが「ひとりではわかりきれない」ということだけ分かればいい。最も愚かなことは、人間が、とうの昔に用意されていた「人間」という言葉に向かって、自ら収束していこうとすることだ。

 共生というあり方を理解する鍵は、人間的であることのわからなさと、その生き方の無根拠さにある。我々はその訳をすぐに答えることができない。ただ、そのように生きるというあり方以外に何も無い。

 

ひとりぼっちの人工衛星

 はじめに、「他者と呼べるような存在が、その人以外にいない」という言い方をしたが、このことに我々は向き合わなければならない。インターネットが普及して、「他者」というのは世界に溢れ返っているように見える。しかし、その中で本当に他者と呼び合えるような者が、一体どれほどいると言うのか。私にはあなたぐらいのものだ。結局、私はあなたと生きていくほかない。「少年」にとって、その三人だけが唯一の家族であったのと同じように、私には、あなた以外に他者と呼べるような人はいないのだ。

  通信技術が発達した現代においてこそ、我々は、「他に向かって自己を拡張していく」という近代的な理想が、如何にナルシスティックな幻想に過ぎなかったか、ということを痛感させられている。

 我々がスマートフォンの画面を通して見せつけられている「人間」の総体は、もはや「大衆」という言葉でさえ捉えきれない、「顔」(レヴィナス)のない、大きな暗い影のようなものになってしまっている。

 いま我々に求められているのは、近代的な幻想と現代的な幻影のどちらにも呑み込まれることなく、その中にかろうじて見出した「顔」(=他者)と、共に人間的になろうとすることではなかろうか。

 お互いがお互いであることを確かめたら、もうあんまり長く見つめ合っていてもいけない。耳元で囁かれる「人間」という言葉は、もはや何をも意味しない。悪魔の言葉を借りるまでもなく、我々は人間だ。それを握手で確かめたならば、より人間らしく、共に生きるための努力を始めなければならない。